十種神宝 中学国語の基礎・基本

現在、はてなブログへ引っ越し中です。 こちらへもおいで下さい。https://tokusa-no-kanndakara.hatenadiary.jp/

稗田先生からお聞きした、中学校の国語の授業メモです。
HP「十種神宝 中学国語 学習の手引き」の下書きになっています。興味のある方はこちらもご覧下さい。https://y-oono.jimdofree.com/
中学生のみなさんにもわかるようにまとめました。

このブログで紹介した教材の学習プリントをおわけします。興味のある方はこちらをご覧下さい。https://kandakara.booth.pm/

 

「走れメロス」の予習、復習、定期テスト対策用のプリントを販売します。
選択肢問題、短答問題、記述問題をバランスよく配置しました。新傾向の問題も入れてあります。
全24ページ、解答用紙付きです。

興味のある方は、こちらへどうぞ。

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更に「走れメロス」の登場人物も、つっこみ所満載です。

1 アブナイあんちゃん メロス

もし今の日本で、世情に疎く世論の動向などにまったく関心がない若者が、一人の老人の「国の指導者は人殺しだ」「自分の周囲の人間を次々と粛清している」という言葉を聞いただけで、暗殺を思いつき、その足でホームセンターで刃物を買い求め、のこのこ官邸に乗り込んだ人間がいたとしたらどう思いますか。

メロスがやったことは、これと同じです。メロスは一般の常識をわきまえない危険人物です。

更に、妹の結婚式を「間近だ」と勝手に決めてしまったり、承諾も得ずにセリヌンティウスを人質として差し出したり、極めて自己中心的な性格な行動を平気でとっています。

ところが困ったことに、自分を「偉い男」「弟になったことを誇ってくれ」と言い、自分に「正義」があると言ってはばかりません。
自意識過剰で自尊心が高く、ほとんど自己陶酔の世界に陥っています。

ほとんど疾病レベルの超アブナイあんちゃんだと言えます。

緋のマントを捧げた少女には「考え直せ」と言ってあげたいと思います。

2 一番得をしたのはディオニス王
Dionysius_I_of_Syracuse
ディオニスのモデル ディオニシウス王
王は、妹婿によるクーデター計画により人間不信に陥り周囲の者を次々と粛清し、そのために世論は離れ支持率最低の状況です。
自身もストレス過多で不健康ですから、愚かではない王は、早晩自分の王朝が滅亡するかもしれないことを悟っていたかもしれません。
悪循環に陥っていますが、それをストップすることができません。

そんな王がメロスにしたことは、人質をとることで自分を暗殺しようとしたメロスを放免し、もし帰ってきたら人質を解放し処刑する、という裁定を下しただけです。

今の刑法では殺人未遂及び内乱罪ですから死刑にまではならないと思いますが、当時の常識として、王は即座にメロスを処刑しても当然だったと思います。
(ついでに連座制が適応されるなら、妹や妹婿も死刑だったでしょう。メロスは結婚式をあげさせる前に、即、妹を離縁すべきでした。)

ディオニス王は、なぜメロスをすぐに処刑しなかったのでしょう。

そうしなかったのは、自分の主張が正当であることの宣伝材料とし、世論に訴えるためだったのかも知れません。
だからこそ、事件の経緯を公表し、自分の主張が正しいと宣伝するために刑場に民衆を集めたのでしょう。

ですからこの目論見に失敗した王は、帰ってきたメロスに
「なるほどお前が約束どおり帰ってきた。ならば私も約束を守ろう。お前を縛り首にする。」
と言って、さらっと始末してしまうことができました。

ところが王はメロスを許してしまいます。

しかし、これにより結果的に民衆から「王様万歳」と叫ばれます。
世論は一気に好意的なものとなり、支持率も急上昇したわけです。

王が支払ったリスクは「わしの心に勝ったのだ」と敗北宣言をし罪を赦したくらいで、他には何も失っていません。ローリスク・ハイリターンの極みです。

ディオニス王にとって、世論の圧倒的支持を得たということは、これ以上ないくらいの幸運な結末です。
どこかの国の首相もきっとうらやましく思っていることでしょう。

3 セリヌンティウスは聖人君子

メロスの友人セリヌンティウスは、最後の場面で三日間で一度だけメロスを疑ったので自分を殴れ、と言います。
それはメロスが直前に「途中で一度、悪い夢を見た」から殴れ、と言ったからです。

そもそもメロスが「悪い夢」を見たのは一度だけでしょうか。

メロスが見た「悪い夢」は、疲労困憊してまどろむ直前だけではありません。
メロスは結婚式で「あの約束をさえ忘れ」、「このままここにいたい」と願います。
出発してからも「幾度か、立ち止まりそう」になります。

「未練の情」てんこ盛りのメロスです。

ところがメロスは、しれっと川を泳ぎ切って倒れた時のことしか言っていません。
川を渡りきった時は、疲れ切って心神喪失状態であったために、思わず本音が顔を出してしまったようにも読めます。

セリヌンティウスが、メロスのことを本当に理解している親友なら「きっとメロスは戻るかどうか迷うだろうな」と考えるのではないでしょうか。

きっとメロスは迷うだろう、
迷っても結局は来ようとする気持ちはあったに違いない、
でも何か理屈をつけて戻らなかったとしても、それはそれでメロスらしいな、
と考えたはずです。

だいたい相談もなく自分を人質に差し出してしまうご都合主義のメロスです。
セリヌンティウスは、おそらく「メロスが戻ってこなくて自分が死刑になってもしょうがないや」と諦めていたのかも知れませんね。

ところがメロスは処刑場に戻り、しゃぁしゃぁと「一度」だけ「悪い夢を見た」と言ってのけます。

「ウソだろ」と思いながらも、自分も調子を合わせて「一度だけ」と言い、黙って殴られるセリヌンティウスです。

寡黙で、友のために死を覚悟してためらわないセリヌンティウスは、聖人君子か仏様のような人間だと思います。

こんなすばらしい友人を、どうやってあのメロスがキープできたのか、物語最大の謎だと思います。

4 謎の人フィロストラトス

セリヌンティウスの弟子を名乗るフィロストラトスは、王城間近に迫るメロスに近づき「走るのはやめてください」と言います。

これはとても不思議な行動です。

フィロストラトスはセリヌンティウスが刑場に引き出されて以降の一部始終を見ていたはずです。

セリヌンティウスの愛弟子ならば、
師匠が処刑される瞬間までそこに留まるのが人情なのではないかと思います。

では、なぜフィロストラトスは刑場の外に出たのでしょう。

彼はメロスと出会い、師匠が処刑から免れる唯一の手段=メロスが刑場に行くことをやめろと言っています。
彼は、師匠が助からないように、メロスに頼んでいるのです。

更に「ついてこい」とメロスに言われた後、彼はどこへ行ってしまったのでしょう。
もしついてきていたのなら、疲労困憊のあるメロスより体力があるはずですから、人混みをかき分ける手助けくらいはできたはずです。

『走れメロス』の元ネタ、シラーの詩では、セリヌンティウスはメロス家の執事もしくは家令に設定されています。
それならばフィロストラトスが「刑場に行くな」とメロスに言っても納得できますが……

もし『走れメロス』の後日譚を書くのだったら、彼をメインに据えたいところです。

次回から、実際にどのように授業を展開するか説明します。


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「走れメロス」は、教材研究をすればすぐにわかるように、設定の矛盾がいたるところにある作品です。
この点からすると入試問題にはまず出題されない部類の小説ではないかと思います。

またこれは、道徳の教材ではありません。
国語の授業としてどのように成立させるかが学習のポイントとなります。

国語の学習では、テキストをどのように料理するかがポイントです。
そこでまず、素材としての「走れメロス」を分析してみましょう。
ダウンロード

「走れメロス」の矛盾点

1 メロスは走っていない

「算数・数学の自由研究」作品コンクール(理数教育研究所 2013)に入賞した「メロスの全力を検証」という中学2年生の研究では、作品内の記述をもとにメロスの平均移動速度を算出し、その結果「メロスはまったく走っていない」という結論を得ました。(PDFはこちらからダウンロードできます。)
私の計算でも、川を泳いだり眠ったりした時間を除いたスピードは、往路は小学校三年生の遠足(初心者のジョギング)並みで、復路後半も小学校高学年の遠足以上、中学生の競歩大会未満でした。

2 妹の結婚式の予定が食い違っている

メロスは妹の結婚式の食材調達のためにシラクスの町にやってきます。初夏(立夏から芒種の前日まですから6月頃)の話です。
一方「妹の婿」は「明日結婚式を挙げてくれ」というメロスに、準備が出来ていないという理由で「ぶどうの季節まで」待って欲しいと言っています。ぶどうの季節はどんなに早くても9月以降でしょう。

ギリシア時代の結婚は夫と花嫁の後見人との契約により成立しました。メロスはこの契約に従って食材調達にシラクスの町に買い出しに来たわけです。このような事件がなかったとしたら、いつ結婚式をあげるはずだったのでしょう。9月以降にあげる結婚式のために、三ヶ月も前に食材を調達するのでしょうか。

夫となる牧人と、花嫁の後見人であるメロスとは、結婚をあげる時期に共通の認識がなかったようです。どちらかが勝手な思い込みで行動していたとしか思えません。

「走れメロス」から見える事情

1 ディオニス王朝はいずれ近いうちに滅亡する

王は王妹の婿、王太子、王妹、王妹の子、皇后、臣下の順に粛清しました。

この順番から、ディオニス王は、王妹の婿が王太子をそそのかし王を殺害、実権を握ろうとクーデターを計画したと考えていたのではないかと思われます。

もし王妹の婿が本当にクーデターを企てていたのなら、そして王が王妹の婿を信頼していたのなら、王が極度の人間不信に陥ったとしても不思議ではありません。
クーデター計画が本当にあったかどうかはわかりませんが、いずれにせよ王は疑心暗鬼になり粛清を繰り返したのだと思われます。

この行き過ぎた行動に対して世論の反発が強まっています。
その中で、王は現在ストレス過多となり、顔色がわるく、表情が険しくなりました。強迫神経症が疑われます。健康が思わしくないのです。

早晩、王が健康を損なった時、求心力は一気に弱まります。
既に世論の反発が強い王朝ですから、クーデターが起こる可能性が極めて高くなるでしょう。
その結果、早晩王は暗殺されるか、良くても国外追放。王位継承者のいないディオニス王朝は滅亡するはずです。
(ディオニス王のモデルとなった王は息子に暗殺され、王位を継いだ息子も義弟により国外追放となっています。)

弟や従兄弟を殺し三代目に源氏の血が途絶える原因を作った源頼朝と同じですね。

メロスは、別に王を暗殺しなくても、数年後には「生かしておけぬ」という彼の願いは実現したはずです。

2 この年は異常気象である

地中海性気候の土地が物語の舞台です。
地中海性気候では、冬には一定の降雨がありますが、初夏には雨が降らず乾燥しています。だからオリーブやブドウなどの栽培が盛んなのです。

ところが物語では初夏に大雨が降り、川は氾濫し、橋が流されています。災害レベルの豪雨と言えます。
婿となる牧人は「ぶどうの季節」を待つ以前に、今年はブドウが収穫できるか心配した方がよいと思います。

次回は「走れメロス」の舞台設定の謎です。


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Q なぜ筆者は「かっこいい」と思ったのか。

A
 レオナルドが科学を駆使して表現しようとしたものが、とてもよく見えてくるから。
理由
 文章の最後の方に、「レオナルドが、絵画の科学を駆使して表現しようとしたものた、とてもよく見えてくる。だからいきなり『かっこいい。』と思えるのだ。」と書いてあるから。

Q 「レオナルドが絵画の科学を駆使して表現しようとしたもの」とは何か。

A1

 絵の構図がもっている画家の意図
A1の理由
 「つまり、レオナルドが、絵画の科学を駆使して表現しようとしたもの」とあり、直前の「絵の構図がもっている画家の意図」の言い換えであるから。

A2
 修道士たちを、この部屋で食事をしたら、まるでキリストたちといっしょに晩餐をしているような気持ちにすること。
A2の理由
 「絵画の科学を駆使して表現しようとしたもの」=「画家の意図」は、直前の「人物の輪郭が作る形。その連なり。」であり、「絵の『全体』」によって示される。
 これによって「絵に描かれているのが本物の部屋であるように見えてくる。」とし、その目的は「かつての修道士たちのように、こんな部屋で食事をしたら、まるでキリストたちといっしょに晩餐をしているような気持ちになるにちがいない。」と言っているから。

Q 「レオナルドが描きたかったのは『それ』なのだ。」の「それ」とは何か。

A
 最後の晩餐の物語をドラマチックに演出することで、観る人がまるでキリストたちと一緒に晩餐をしているような気持ちにさせること。
理由
 「それ」がっししめしているのは、「そのような『全体』」であり、「そのような『全体』」とは、「この絵がもっている本当の魅力」である。
 「この絵がもっている本当の魅力」は、「レオナルドが、絵画の科学を駆使して表現しようとしたもの」であり、「画家の意図」であるから。修道院の食堂に飾るために描いたという状況を、現在にも通用するように解答した。

Q 最後に「芸術は永遠なのだ。」とはどのような意味か。

A

 五百年の昔に描かれた名画は、二十一世紀の今も素晴らしさを失わず、むしろそれまで気づかなかった画家の意図を明らかにして、見る人に感動を与え続けるから。
理由
 「芸術は永遠なのだ。」の直前に、「五百年も~生きている。」とある。単純に「~から。」と言うこともできる。「生きている」という比喩を具体的に言い換えた。


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この単元は、クリスマスの頃までに扱われる学校が多いと思います。

クリスマスといえばキリストの降誕祭(誕生した日を祝う祭……誕生日とは違います)です。

一方、キリストが十字架にかけられたことをお祭りするのは、
春分の日の後の満月直後の金曜日で、グッドフライデーと呼ばれます。

そして、その三日後はイースターと呼ばれ、
キリストが復活した日で、キリスト教において最も重要な祝日の一つです。
イースターエッグは、ひよこが卵の殻を破って出てくる姿が、キリストの蘇りを象徴しているそうです。

最後の晩餐は、キリストが処刑される前夜に行われたので、
グッドフライデーの前日の木曜日、ということになります。

誕生した日も十字架にかけられた日も、
長い冬が終わり温かな春の訪れを告げる春分の日と関わりがあります。

まあ、「君は『最後の晩餐』を知っているか」は、
別にクリスマスともイースターとも関係ありませんが……。

とりあえず私たちは、
筆者は、ダヴィンチの『最後の晩餐』に対し、何を、どのように評論しているのかを読解する力を身につけていきましょう。

「構図」「解剖学」「遠近法」「明暗法」などの用語に目を奪われ、
筆者が主張したい「かっこいい」「本当の魅力」「ドラマティック」などの
抽象的な概念を軽く見ないようにしましょう。

導入部第4段落「なぜか『かっこいい。』と思った」とあります。
この文章は「かっこいい」と思った理由を説明する評論文なのです。
「なぜ『かっこいい』と思ったのか」わかる部分はどこでしょう。

「かっこいい」という語が出てくるのは、
第16段落「これが『最後の晩餐』を『かっこいい』と思わせる一つの要因だろう。」と
第19段落「だから、いきなり『かっこいい。』と思えるのだ。」の二箇所です。
から、生徒の意識はこの二文に集中します。このどちらが「かっこいい」と思った理由は、このどちらでしょう。

結論は文章の最後の方にあり、
断定した言い方をすることが多いものです。
このことは、文頭の「だから」や「これが」から確かめることができます。

更に、それぞれ指示語の指し示す内容や、
同義の表現などを逐っていけば、筆者の主張を理解することができます。
構造図

だたし、
私たちが身につけなければならないことは、
筆者の意図を理解することではありません。

何を説明しようとしているのかを理解し、
そのために指示語や同義の表現などをおっていくという、
評論文の「読み方」を身につけることが大切なのです。

これはとても難しいことです。
たくさん問題を解くことで、力を身につけていきましょう。


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第19段落に「だから、いきなり『かっこいい。』と思えるのだ。」とあります。

第4段落の「なぜか『かっこいい。』と思った。」に対応する部分です。
「かっこいい」と思った理由が第5段落以降の本論であり、
この第19段落が結論部分といえるでしょう。

単純に考えると「だから」の直前
「つまり、レオナルドが絵画の科学を駆使して表現したものが、とてもよく見えてくる」
から「かっこいい」と思えると筆者は言っています。

ここでいう「絵画の科学」とは
第3段落で言う「解剖学」「遠近法」「明暗法」「など」ですが、
これらを駆使して描いたから「かっこいい」と思ったのではありません。

「絵画の科学を駆使して表現したものが、とてもよく見えてくる」から
「かっこいい」と思った
のです。

では「絵画の科学を駆使して表現したもの」とは何でしょう。

この文に「つまり」とありますから、
この文は直前部分「絵の構図がもっている画家の意図」を言い換えたものです。

ですから、第19段落の最後の部分をまとめると、次のようになります。
  • 絵画の科学を駆使して表現しようとした、絵の構図が持っている画家の意図がとてもよく見えてくるので「かっこいい。」と思える。
つまり筆者は
「絵画の科学を駆使したことがかっこいい」と言っているのではなく、
「画家の意図を、絵画の科学を駆使して表現していることがかっこいい」と言っているのです。

ですから、第19段落を要約すると、次のようになります。
  • 細部が落ちて消えてなくなっているため、絵の構図(絵の全体)がよく見えるようになり、絵画の科学を駆使して表現しようとした画家の意図がはっきりわかるようになったので「かっこいい」と思える。
このあたりは、単元プリントなどの解答には若干疑問符がつくものがありますから、注意してください。

では「画家の意図」とは何でしょう。

「絵の構図がもっている」ものとは
  • 「そこ(『最後の晩餐』)に描かれた人物たちの物語を、ドラマティックに演出」(第13段落)
することです。

キリストと12使徒の最後の晩餐の場面を生き生きと表現することだけでなく、
それがまるで観客(修道士たち)の目の前で演じられる舞台のように感じさせようとする、
ダヴィンチの舞台監督のような意図だと筆者は言っているようです。

つまり
「解剖学」は、
手のポーズはもとより「顔の表情や容貌」(第11段落)、動作等を
「一人一人の心の内面までもえぐるように描く」ため手段であり、

「遠近法」や「光の明暗」も
「あたかも本物の食堂の延長にあるようにすら見える」(第14段落)
ための手段に過ぎないのです。

この反証が第20段落です。
完成当初は細部の描き込みに圧倒されたために
「本当の魅力=絵画の科学を駆使して表現しようとした画家の意図」が見えなかっただろう、
と言っています。
images (4)

第20段落末の「レオナルドが描きたかったのは『それ』なのだ」の「それ」とは、
「そのような『全体』」であり、
「ぼんやりした形の連なり」です。
そこに「この絵が持っている本当の魅力」があると言っています。

これらのキーワードに傍線をひいて、
傍線同士をつないでいくと、よくわかります。

そして「本当の魅力」とは、
聖書における最後の晩餐の一瞬を登場人物のドラマとして生き生きと描き、
修道士たちを「まるでキリストたちといっしょに晩餐をしているかのような気持ち」(第16段落)
にさせることです。

この評論文は、
「絵画の科学」が「画家の意図」を実現させる手段として成功しており、
そこが「かっこいい」のだ、と言っているのではないでしょうか。


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この稿で説明した内容が、わかりやすくまとめられています。
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