この内容をもとにしたワークブック(定期テスト予想問題付)を販売します。
興味のある方は、こちらへどうぞ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この作品を読み解くカギは、父親が持って帰ったえびフライです。
このえびフライを中心に、物語を再構成してみましょう。
food_ebi_fry
父親が持ち帰った冷凍の海老フライは、昭和37年に加ト吉(現テーブルマーク)から発売されて以降の話だとわかります。(詳しくはこちらこちら

発売当時はとても珍しいものでしたから、この物語は昭和40年前後のこととわかります。

東京オリンピックに向けて、焼け野原となった東京の近代化が急速に進んでいた時代です。
主人公の父親も、このようなインフラ工事の現場で働いていたのでしょう。

仕事が忙しい父親は、正月に帰郷した折「今年の盆には帰れぬだろう」といっていました。
しかしお盆に三日間の休みがとれることがわかり
  • 盆には帰る。十一日の夜行に乗るすけ。土産は、えびフライ。油とソースを買っておけ。
と電報を打ちます。

わざわざ「土産は、えびフライ。」と断っているのは、子ども達に珍しいえびフライを食べさせようとする気持ちの表れでしょう。

そして8月11日の夕方、アメ横で冷凍えびフライを買い、二人の子ども達が驚き喜ぶ顔を胸に、
妻の七回忌の墓参りをすべく、夜行列車の「はくつる」または「ゆうづる」に乗り込みます。
aomori4


「えびフライ」には、父親の、妻や子ども達に対する気持ちがこめられているのです。
(くわしくはこちら

翌12日、「僕」は帰省する父親に、好物のソバを食べさせようと雑魚釣りをしています。

その最中も「えびフライ」のことが気になってしかたがありません。
姉に「えんびじゃねくて、えびフライ」と発音を直されますが、姉もえびフライがどんなものかわかりません。
当然祖母もわかるはずがありませんが「……うめもんせ。(美味しいものだよ。)」といいます。
祖母は「父親がわざわざ東京から盆土産に持って帰るくらいだから、とびきりうまいものにはちがいない」と確信しているのです。

父の帰省に対する子ども達の喜びや期待、祖母の父に対する信頼が「えびフライ」を中心にして描かれています。

そして帰省した父親は、えびフライやドライアイスに驚く子ども達の姿を見て「満足そうに毛ずねをぴしゃぴしゃたたき」ます。

その日の夕食は、父親自らが調理したえびフライです。にぎやかで楽しげな食卓を囲みます。

雑魚は自分がソバを食べるために息子が釣ってきてくれたものですが、翌日は帰らなければいけない父親は、ソバを食べることができないことがわかっています。
それを息子に告げることができず、ビールのつまみに雑魚をほとんど全部食べてしまいます。

翌日の午後、一家で墓参りに行きます。
墓参りで祖母は、「えんびフライ……」と、昨晩の楽しかった夕食の様子を報告します。
それを聞いた「僕」は、何かすまない気持ちになって「墓を上目でしか見られなく」なります。

祖母の「えんびフライ」という言葉には、楽しい暖かな一家の団らんを象徴するものとしての意味がこめられているのではないでしょうか。

夕方の終バスで帰る父親を「僕」は一人で送っていきます。
無口な父親に「こんだ正月に帰るすけ、もっとゆっくり。」と言われると、父親がいなくなるさみしさが急にこみあげてきます。

「僕」にとって、父親がいて、家族が揃って食卓を囲む楽しさの象徴が、昨日の夕食でした。そしてその中心にえびフライがありました。
  • 正月になれば、えびフライと共に父親が帰ってきて、また楽しい食卓を囲むことができる
そう直感した「僕」は、とっさに昨日のドライアイスと、それでえびフライを冷やしてきたことを連想して「冬だら、ドライアイスもいらねべな。」と言ってしまいます。

しかし父親は、この連想を察することができませんでした。
息子はえびフライを楽しみにしているのだと考えたのでしょう。
冬でも冷凍食品を運ぶためにはドライアイスが必要であることを説明します。

バスが来ると、父親は「右手でこちらの頭をわしづかみにして」揺さぶる、精一杯の愛情表現で「ちゃんと留守番してれな」と言います。

父親の愛情を感じ取った「僕」は、また再び父親のいる楽しい食卓を囲みたいと願い、とっさに、こじゃれた食品である「えびフライ」ではなく、父親の愛情の詰まった楽しい家族の団らんの象徴である「えんびフライ」と言ってしまいます。
父親は「ちょっと驚いたように立ち止まって『わかってらぁに』」と言います。
やはり「僕」の気持ちに気づかない父親でした。

この二人の気持ちのすれ違いをただすのも、誤解した父親に本心を語らせるのも野暮というものです。
男車掌はそこでペッとつばを吐き、バスを発車させてしまいます。

なかなか粋な終わり方だと思います。

父親の愛情の詰まった、家族の楽しい団らんの象徴が「えんびフライ」なのですが、それも含めて父親が持ち帰ったもの全体が「盆土産」なのでしょう。
これが作品名になっているのですね。

ですから、作品の主題は「父親が持ち帰った、愛情あふれた家族の姿」が主題であるとも考えられます。