十種神宝 中学国語の基礎・基本

稗田先生は、永く公立小中学校にお勤めでした。 その先生からお聞きした、 主に中学校の国語の教材のことなどを 書き留めました。

カテゴリ:中学国語 授業のヒント > 文学的文章

バブルが完全に崩壊し、日本の不景気が始まりました。
またイラク戦争が盛んになりました。

日本では、阪神淡路大震災やオウム真理教によるテロ等、社会的にも不安・不安定な時代となりました。
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1995年(H7)に、阪神淡路大震災・地下鉄サリン事件が起こります。

また、プリクラ、携帯電話が普及したのもこの時代です。

この頃に生まれた人は「ゆとり世代」と呼ばれ、現在20歳代です。

 「ゆとり教育」を受けて育った世代です。

ゆとり教育は87年生まれの人が中三の時に始まり、2001年生まれの人が小一の時に終わります。
1年でもゆとり教育を受けた子どもは十五学年にも及びます。
義務教育の九年間が全てゆとり教育(移行措置を含む)であったのは、95年と96年生まれです。

平成不況、リーマンショックの中でデフレが進みました。
学校は土曜日を休みとして完全五日制となりました。
同時に学力は低下し、校内暴力は増加し、就職も2003年には大卒の就職率が過去最低の55%までに落ち込みます。
そして激戦を勝ち抜いて就職したにもかかわらず、社会に出てもすぐに辞めてしまう者が多いことが問題になりました。

この世代の特徴としては、全体的にゆるい繋がりを大切にすると言われています。
「指示待ち人間が多い」「常識知らずで、自分中心に世界が回っていると考えている」「自信満々だが実践力がない」「打たれ弱い」などなど。他の世代から滅茶苦茶に言われていて、
結局、何を考えているのか他の世代からは理解されず、宇宙人とも呼ばれています。(意見には個人差があります。)

マンガ『クレヨンしんちゃん』の主人公野原しんのすけはこの頃生まれています。

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冷戦が終結し、
アメリカとの貿易摩擦が起こるほどバブル景気に沸いた時代です。
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「ゆとり教育」が始まりました。
また、マンガ『ドラゴンボール』の連載始まりました。(~1996)

1983年(S58)には、ファミコンが発売開始されました。
1989年(H元)に昭和天皇が崩御し、平成が始まります。

この頃に生まれた人は「プレッシャー世代」と呼ばれ、現在30~35歳です。

社会への関心を抱く頃にはすでにバブルは崩壊していて、成長過程で「失われた十年」を目のあたりにしています。
いろいろな場面で耐えなくてはいけないことが多く、比較的プレッシャーに強い世代ということから名付けられました。

この世代の特徴としては、日本の景気のよかった時代を知らないため、生きていくことにプレッシャーがあることを当然と思って育ってきました。
明るさの中にもピリッとした一面もあって、ここ一番で力を発揮する人が多いと、評価の高い世代です。

ネット界、ビジネス界、学問分野で、最近この世代の台頭が注目されています。
友人を大切にし、生活への満足度が高いところもあり、ポスト団塊ジュニア世代と似通っています。

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中東戦争を契機に、石油の価格が倍以上に跳ね上がり、物価が高騰、日本中がパニックとなりました。
右肩上がりの高度経済成長に陰りが見え始めた時代です。

この時期、校内暴力が社会的な問題となり、バブル世代はこの洗礼をうけました。

学生運動もあさま山荘事件(1972)に見られるように終焉を迎えます。
劇場版アニメ『ルパン三世カリオストロの城』で銭形警部たちがカリオストロ城を囲んでカップラーメンを食べるシーンは、この事件へのオマージュですね。

初期の『仮面ライダー』シリーズは、この不安な時代を強く反映していると言われています。

西城秀樹や山本リンダが登場することからマンガ『ちびまる子ちゃん』はこの時代を背景として作られています。

1970年(S45)には沖縄が復帰し、大阪で日本万国博覧会が開かれました。 
1971年にはカップヌードルが発売開始されます。
そして1973年(S48)と1979年(S54)に石油危機(オイルショック)が襲います。
1974年にはセブンイレブン1号店が出来ました。
1978年に日中平和友好条約が結ばれました。    
    
この頃に生まれた人は「氷河期世代」と呼ばれ、現在35~40歳です。

「氷河期世代」は高度経済成長期の終盤から安定成長期にかけて生まれた世代で、冷戦の世界や好景気の時代を知っている「団塊ジュニア」とそれを知らない「ポスト団塊ジュニア」の世代に分かれています。
就職の時期に深刻な不況を迎え、フリーター、ニート、ひきこもり、派遣労働者、就職難民たちが多いため「ロストジェネレーション」とも呼ばれています。

団塊ジュニア世代(1972~生 現在40歳代前半)

世代人口は団塊世代の次に多く、団塊世代の子供世代です。
団塊世代の母親が24歳~28歳に出産した子どもたちが多いようです。

この世代が85年頃(15歳前後の高校生の頃)になると小遣いも増額し、この年齢層を狙った商品がヒットする確率が高いということから「イチゴ(15)世代」と呼ばれることもあります。
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大学入試は「受験戦争」と呼ばれるほどの競争を強いられ、
卒業時には「就職氷河期」に遭遇したため「貧乏くじ世代」とか「不運の世代」とも呼ばれています。

この世代の特徴としては、ほんの少しの神がかり的な成功者と、大多数の敗者のトラウマを抱える者とに分かれるとされます。
そのためか、些細なつまらないことをいつまでもこだわり続ける傾向にあるそうです。
躾と礼儀は厳しく教育されているので、上の者に理不尽なことを言われても実行する、根性論が通用する最後の世代でもあります。(意見には個人差があります。)

ポスト団塊ジュニア世代 (1975~生 現在35~40歳)

いじめや機能不全家族の問題はあったが、多くの親の年収はまだ増加傾向にあり、一般的に言えば安定した少年少女時代を過ごした世代です。
しかし、中高生時代にバブル崩壊が起こり、高卒時、大卒時は就職氷河期の真っ只中で、職探しに苦労しました。特に97年は「超氷河期」と呼ばれていました。

95年以降の携帯電話の普及により、新しいネット文化の担い手の中心になっています。

この世代の特徴としては、将来の先行きが見えない社会に対して希望を失っているというわけではなく、格差があっても仕方ないとする割合が高いという点で、すぐ上の団塊ジュニアと異なります。
親密な人間関係の重視こそがこの世代の生活価値の第一条件で、何よりも重要視しているのは家族との繋がりとされる、おとなしい世代と言われます。(意見には個人差があります。)

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1964年(S37)の「東京オリンピック」を契機に、高度経済成長が進んだ時代です。
このためでしょうか、この時期に『巨人の星』などのスポ根ものが大流行しました。
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アニメ『ドラえもん』に見られる「空き地に土管があった」時代です。

安保闘争(日米安全保障条約に反対する反政府、反米運動とそれに伴う政治闘争、傷害、放火、器物損壊などを伴う大規模暴動)がピークとなりました。
団塊の世代がこの闘争を支えました。

また、公害が大きな社会問題としてクローズアップされた時代でもあります。
世界では、ベトナム戦争にアメリカが参戦し泥沼化していきました。

安保闘争や公害、ベトナム戦争などは、『ウルトラマン』『ウルトラセブン』のシナリオのテーマになっているものが多いようです。

1962年(S37)には、冷凍食品の海老フライ(赤海老フライ)の発売が開始されています。ここから「盆土産」の時代がだいたいわかります。

この頃に生まれた人は「バブル世代」と言われ、現在40歳代後半です。

バブル景気による売り手市場時に大卒生として入社した世代です。
高度成長期に生まれ、おおむねずっと右肩上がりの時代に育ってきました。
中高生の頃は、校内暴力発生件数が多発しました。

この世代の特徴としては、いわゆる「ちょっと変わっている人」が多く、バブルの頃に就職したためか金銭感覚がおかしく、見栄っ張りも多いと言われています。
怒られ慣れていて、反省もせず、ケロッとしている人が多く、団塊の世代同様、他の世代からの非難の多い世代です。

タケノコ族からアッシー、メッシ―、ミツグ君の世代で、
軟弱な男性とヒステリックな女性を多く見かけると言われています。
また、クレーマーが多くいて、「人材の不良債権」とか「根拠のない自信過多」とも揶揄されています。(意見には個人差があります。)

マンガ『ちびまる子ちゃん』の主人公は、アニメの描写等からこの世代だと思われます。

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1950年代前半(S25~)

この時期、多くの植民地が独立し、冷戦は更に激化しました。

そのためアメリカの日本に対する占領政策が転換されました。それまで公職から追放されていた戦前の体制派を復権し、逆に共産党系を排除したのです。(「逆コース」と言われます。)
そして東アジアでは朝鮮戦争(1950-)が起こり、日本ではそれに伴う特需景気が訪れました。
これをきっかけに、日本は経済的に復興していきます。

1953年(S28)には、テレビ放送が始まりました。

1950年代後半(S30~)

「もはや戦後ではない」といわれ、高度経済成長がはじまりました。

集団就職(中学を卒業し、集団で地方から東京に就職すること)がピークになり、東京近郊には団地(集合住宅)ができました。

『三丁目の夕日』のような古き良き昭和の風景の時代です。
スタジオジブリ作品『となりのトトロ』はこの時代の埼玉県所沢市付近が舞台とされています。
一方、同じスタジオジブリ作品『平成狸合戦ぽんぽこ』は、この時代の多摩市ニュータウン建設を舞台とし、急速に都市化が進んでいった時代でもありました。
ちなみに、完成した多摩市ニュータウンは同じジブリ作品の『耳を澄ませば』の舞台となります。

『アイスプラネット』の主人公達が住む家は、この時代のこの近くに建てられたと考えられます。
建てたのはおそらく、主人公の曾祖父でしょう。

1958年(S33)には、インスタントラーメン(日清チキンラーメン)の発売が開始されます。
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この頃に生まれた人は「しらけ世代」と言われ、現在50~65歳です。

バブルが崩壊する前までに成人した世代です。
彼らの上司である焼け跡世代からは「新人類」とも呼ばれました。
「新人類」という言葉は、ファーストガンダムでよく使われていました。

国立大学の共通一次試験(センター入試の前の制度)が開始される前に大学に入学した前期と、以降の「共通一次世代」に分けることもあります。

学生運動が盛んだった団塊世代への対抗心からか、社会に関心を持たない「今が楽しければいい」という世代と言われています。
また、この世代の特徴として「無気力、無関心、無責任、無感動」の風潮が顕著になり、ノンポリ、個人生活優先主義に徹する傾向が強くあると言われています。(意見には個人差があります。)
団塊世代までとバブル世代に挟まれ、日本の流れが大きく変わる過渡期を過ごしてきた世代です。

『アイスプラネット』の主人公の少年はこの世代だと思います。世代の特徴をよく表していますね。

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1940年代前半

終戦直前の、敗戦に至る時代です。
小学校は「国民学校」(この時期以前は「尋常小学校」)と呼ばれていました。
教科書等の戦争関連作品といえばこの時代のことです。
「防空壕」「配給切符」「空襲」等がキーワードです。

1945年(S20)の3月に東京大空襲、8月には広島原爆投下、そして9月に降伏文書が調印されます。

この頃に生まれた人は「焼け跡世代」と呼ばれ、現在70歳代です。
images (2)戦後の闇市
更に細かく、太平洋戦争中に小学校に入った39年3月生まれまでを「少国民世代」、
それ以降を「戦中生まれ世代」と呼ぶことがあります。

第二次世界大戦の悲惨さや食糧難を体験した最後の世代であり、
「少国民世代」は終戦とともにそれまでの価値観が一変する大きな変化を体験しました。
一方、「戦中生まれ世代」以降は、まだ物心がついていないので覚えていません。

「焼け跡世代」の特徴としては、
子どもの頃の体験が強烈過ぎて、「日本の文化」「歴史と伝統」「環境や社会秩序」の維持に関心が高い。同時に社会的地位や名声を得たいという価値観も強いと言われています。(意見には個人差があります。)

小学校の教材では
『ちいちゃんのかげおくり』のちいちゃん(1945東京大空襲で死亡)や、
『一つの花』のゆみ子がいます。
中学校の教材では、
『握手』の主人公「私」がこの世代と思われます。

マンガ『ゴルゴ13』の主人公デューク東郷(仮名)と『ゲゲゲの鬼太郎』の主人公鬼太郎がいます。
(ただし、おばけは歳をとりません。)

1940年代後半

日本は復員兵を迎え、空前のベビーブームが訪れました。
これは同時に、戦後の食糧難がピークを迎えたことを意味します。

そして第二次世界大戦終結後の、アメリカとソビエトを中心とする東西冷戦が激化し、
日本はアメリカの補助なしでは生きていくことが難しい時代でした。

1945年(S20)には、日本国憲法が出来ました。

この頃に生まれた人は「団塊の世代」と呼ばれ、現在65~70歳です。

このベビーブームは、段階の世代の人たちばかりでなく、その後の日本に大きな影響を与えます。

1947~1949の三年間になんと806万人が生まれたのです。
団塊の世代の人たちは、生まれた瞬間から同学年間の競争が始まりました。
そして高校生・大学生の頃に学生運動が盛んになります。
政治や社会に関心を持ち、学生運動の推進力になった人たちです。

そして社会に出てからも、人口比率が多いことから、良くも悪くも世間からの注目を浴びてきました。

この世代の特徴としては、自己中心的で自分のことしか考えていないこと、敗戦直後の高度成長などの熱気のある時代を生きてきたために攻撃的な人が多いことがあげられます。
また、子どもの頃からの強い競争心から自己主張が強い人と、多数派に付和雷同しやすい人の両極端に分かれていると言われています。(意見には個人差があります。)
いわゆる「安保闘争」はこの世代の人たちが支えました。

『盆土産』の主人公や『アイスプラネット』に登場するぐうちゃんがこの世代と思われます。

ぐうちゃんの場合は、学生時代いわゆるヒッピーになって、大学卒業後「自分探し」の旅にでも出ていたのではないかと思われます。

同世代の人物として、日本一有名なサラリーマンの島耕作さんがいます。
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文学作品読解は、まず「いつ」「どこ」「だれ」をより早くより正確につかむことです。
入試等に出題される文章のいくつかは、時代背景を知っていることで素早い読解が可能となります。

ここでは、戦後の時代背景について解説します。それぞれの時代に何があったかを知るとともに、登場人物の年齢から、どんな人生を送ってきたのかを推測し、読解に役立てましょう。

戦前

昭和のはじまりと共に、世界的な大恐慌が起こりました。
そして日本の軍部が満州事変を起こし(1931)、国際連盟から脱退(1933)、日中戦争・太平洋戦争(1937~1945)に突入していきます。

光村図書をはじめ、生徒たちは小学校の教材にもこの時代を背景とした作品が載っています。
またお盆にはスタジオジブリの『火垂るの墓』が毎年放送されています。

この頃に生まれた人は「昭和一桁世代」と言われ、現在80歳代です。

この人たちは、29年生まれ以前の前期と、30年生まれ以降の後期に分けられます。

前期は戦地への動員、軍事工場での労働などで戦争に参加した経験があります。
一方後期は学童疎開を経験しています。

この人たちは、50歳代にオイルショックを経験しましたが、
定年のころはバブル景気の最中で、定年後の生活は相当幸せだったと思います。

この世代の特徴としては、
戦争の時代を生き抜いたという自負と、高度成長を支えてきたことから、
非常に上から目線であることがあげらています。(意見には個人差があります。)

代表的な登場人物としては、
『字のない葉書』(2年)の主人公「邦子」や、
『大人になれなかった弟たちに…』(1年)の主人公「ぼく」があげられます。
大人になれなかった弟たちに…_PAGE0002

マンガでは『サザエさん』のフグ田サザエ(旧姓イソノ)がいます。
ルパン三世の銭形警部はこの世代の特長をふまえて設定されていると言われています。
(サザエさんも銭形警部も、ゴルゴ13のように歳をとりませんから、ゲゲゲの鬼太郎と同じですね。)

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photo0jpg魯迅の故郷 紹興の風景
前回の続きです。

第4時 ルントウに会う


 前時までに学習した内容をまとめると、以下のようになります。

 「私」が「望」んでいるのは「美しい故郷」であり、
 現実の風景や状況は「美しい故郷」を見失っている状態(失望)であること。

 「美しい故郷」の象徴は「小英雄」ルントウであり、
 「私」は「美しい故郷」を見失いはしたが、まだ探し求めていること。

 あと2時間で、単元を終わらせるにはどうしたらよいでしょうか。

学習問題
  • ルントウに会い、「美しい故郷」を求めた「私」はどうなったのだろう。
 答えは「絶望」です。

 しかし、これをストレートに考えさせたのでは、国語の力がついたとは言えません。

 生徒は、ルントウと会って絶望に変わったのだろうということはわかりますが、
 具体的に叙述から考えているのではなく、展開から予想している場合が多いからです。

 そこで、しっかりと叙述に返すために、
  • 「私」の気持ちに大きな変化が起きたのはいつか。その理由はなぜか。
  • その結果「失望」はどう変わったか。
という学習課題を提示します。
  • 私は身震いしたらしかった。悲しむべき厚い壁が、二人の間を隔ててしまったのを感じた。私は口がきけなかった。
 「身震いした」瞬間が「いつ」の答えです。
 理由は「悲しむべき厚い壁が、二人の間を隔ててしまったのを感じた」からです。
 その結果「私」は「絶望」しました。

 範囲が広いので、「身震いした」を見つけるのには少し時間がかかるでしょう。

 生徒はいくつかの叙述を挙げてきます。
 発表させて「心理の変化は行動によって記述される」ことを思い出させ、
 心理の変化した瞬間の叙述を考えさせます。

 「悲しむべき厚い壁が、二人の間を隔ててしまった」という思いはルントウも同じです。

 ルントウも「喜びと寂しさの色が顔に現れた」とあります。
 「唇が動いたが、声にはならなかった」とありますが、何と言おうと迷ったのでしょうか。
 「最後に」とありますから、「旦那様!」と言う前に、間があったと思います。

 (その時「私」が先に「ルンちゃん」と言っていれば話が変わったかもね。惜しかったね。)

 故郷の寂しい風景や苦しい経済状況、
 社会情勢の悪化とともに変わってしまったヤンおばさん
 ……これらに失望していた「私」です。

 「私」にとっての小英雄たるルントウは「美しい故郷」との唯一のつながりで、
 「兄弟の仲」でいて欲しかったのだと思います。
 そのルントウから「身分の差」という因習によって拒絶されてしまったのです。

 既に清は滅亡していましたが、意識の上ではまだ「身分の差」というものが残っていました。
 明治時代に入っても、士族が歩けば道を譲る、ということがあったようです。それと同じですね。
 これは「経済力の差」「教養の差」等に言い換え、それらを全部ひっくるめたものが世襲的に受け継がれているのだと思えば良いでしょうか。

 ルントウは、「兄弟の仲」よりも、身分の差による「他人行儀」を選んだのですね。

 「私」は、小英雄から拒否され、絶縁状を突きつけられたように感じたのでしょう。

 今まで見失っていただけの「美しい故郷」が、
 ここではっきり、現実には存在しないことを悟り「絶望」するのです。

ヤンおばさんの取り扱い

 ヤンおばさんは、当時の時代背景を象徴する存在です。
359b033b5bb5c9ea2ef92405df39b6003bf3b3c9杨二嫂(ヤンおばさん)
 昔は豆腐屋小町と呼ばれていましたが、今はその美貌はすっかり変わってしまった。
 「私」は美人だった頃のヤンおばさんがどういう性格だったか覚えていません。
 しかし現在ヤンおばさんは、私のことを金持ちと決めつけて酷いことを言う、嫌な性格として描かれています。
 しかも、引っ越し作業の中で、人の家のものを勝手に盗んでいきます。

 最後の場面で、
  • 他の人のように、やけを起こして野放図に走る生活を共にすることも願わない(也不愿意都如别人的辛苦恣睢而生活)
と書いてあります。
 他の箇所は「私のように」「ルントウのように」と限定していますが、
 ここだけは「他の人のように」とヤンおばさんには限定していません。

 貧しさによって道徳や倫理等を失ってしまったたくさんの人々を表していると読めます。
 当時の中国の経済格差や身分慣習を象徴する存在がヤンおばさんなのでしょう。

 これを扱っていると、字数オーバーになることが考えられます。
 クラスの実態によって、取り扱うかどうかは悩むところですが、
 物語の本筋とは離れた枝葉の部分ですから、軽く触れる程度で十分だと思います。
ダウンロード (8)現代の豆腐屋小町「西施ちゃん」

第5時 故郷に別れを告げる場面


学習問題
  • 「故郷」で作者が伝えたかったものは何か考え、書こう。
 これを解く手がかりは、次の叙述です。
  • 思うに希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ
 この叙述から、以下のことがわかります。
  • 「地上の道」=「希望」=「あるものともいえぬし、ないものともいえない」
 「希望」は、現在は存在しないが「歩く人が多くなれば」存在する、というわけです。

 この直前の部分は、以下のものです。
  • まどろみかけた私の目に、海辺の広い緑の砂地が浮かんでくる。その上の紺碧の空には、金色の丸い月が懸かっている。
 これは小英雄のいない「美しい故郷」の風景です。
 「金色の丸い月」が浮かんでいるだけです。
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  • 「金色の丸い月」を目指してみんなで道を進んでいこう
というのでしょう。

 「金色の丸い月」は、
 「美しい故郷」の代わりに「私」が見ようとしたもので、
 人々が「互いに隔絶することのない」「新しい生活」の象徴です。

 「新しい生活」は、神話時代でもない限り、現在に至るまで地上に実現することがなかった理想郷でしょう。
 ですから「金色の月」と同じく、手の届かないところにあるものです。
 いくら「金色の月」を目指して「地上の道」を歩いていっても、そこにたどり着くことはありえません。

 だから「地上の道」は
 人工的に作られた「偶像」であり、
 実現する可能性が「希」なものであり、
 それでも求めて止まないから「希望」なのです。

 たとえそれが実現する可能性がほとんどないとしても、
 私たちは理想を目指すことを忘れてしまってはいけない

 ……それが故郷との別れの場面の主題だったのではないかと思います。

 これを教師が説明するのは簡単で、10分程度で終わります。

 しかし、
  • これにどう気づかせるか、
  • 考えた結果をどう文にまとめさせるか、
国語としての授業です。
  • 学習問題を据えるのに5分、
  • 手がかりとなる叙述を挙げさせるのに10~15分、
  • これらの中から「地上の道」「希望」「金色の丸い月」「偶像」「新しい生活」というキーワードを抽出するのに5~10分、
  • キーワードを使って文または文章にまとめる作業で10分、
  • 残りは発表と振り返りの時間で1時間が終わります。
 こんな流れでしょうか。

 単元を通しての山場となりますので、
 先生の「講義」ではなく、生徒が主体的に活動する「授業」を成立させましょう。

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指導事項
 「故郷」は、すべての教科書に載っているスーパー教材です。
 光村図書によれば、この教材の指導事項は次の内容です。
  • ア 文脈の中における語句の効果的な使い方など、表現上の工夫に注意して読むこと。
  • イ 文章の論理の展開の仕方、場面や登場人物の設定の仕方をとらえ、内容の理解に役立てること。
  • ウ 文章を読み比べるなどして、構成や展開、表現の仕方について評価すること。
  • エ 文章を読んで人間、社会、自然などについて考え、自分の意見をもつこと。
 短編とはいえ、この作品を丁寧に取り扱うには、5時間という時間はそうとうキツいものです。
 しかし3年生にとってダラダラした授業は、文化祭や総合テスト・進路のことを考えるとつらいものがあります。
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 そこで、「故郷」を通じて何を追究するのかを生徒に明示し、毎時間のねらいを明確にしてメリハリのある授業を進めなくてはいけません。

単元展開のめやす
「故郷」は、6つの大きな段落から成り立っています。
  1. 帰郷の船の中(1日目)
  2. 帰宅して(2日目)
  3. ルントウに関する子供の頃の思い出
  4. ヤンおばさん
  5. ルントウの来訪(前項の4~5日後)
  6. 旅立ちの日(前項の9日後)
 これを「失望」「絶望」「希望」の三つに分けると、次のようになります。
  • 1は「美しい故郷」に対する現実の風景や状況に「失望」を感じる部分。
  • 2と3はルントウに象徴される「美しい故郷」のイメージを語る部分。
  • 4と5は、現実の人の姿を見て「絶望」する部分。
  • 6はホンルの言葉をきっかけに「希望」を語る部分。
 これらの読み取りは、主に指導事項のア・イ・ウにあたります。(ウは少し苦しいかな?)

 これでおそらく3~4時間はかかってしまいます。
 最後の「エ 文章を読んで人間、社会、自然などについて考え、自分の意見をもつこと。」で1時間。合計5時間の単元展開を目指します。

第1時 全文通読と学習問題を考える
主にやること
  • 疑問に思うところに線を引きながら聞こう」と全文を範読する。
  • 「疑問に思うところ」をノート・ワークシートに書かせ、発表させる。

 「故郷」は8,300字以上。範読するだけで30分はかかります。
 全文通読してから初発の感想をまとめさせると、それだけで1時間が終わります。すると学習問題を設定するのに更に時間をとられます。
 そこで疑問点のみ挙げさせて次時につなげます。
ダウンロード (7)アナグマ=チャーのモデル?
 生徒が考える疑問は、
 「チャーとはどのような動物か」等の素朴な疑問の他に、
 多くの生徒は最後の「希望」や「地上の道」に関わるところに疑問を持ちます。

 「希望」という単語が出た時点で「希望ってどういうことかわかりますか」と問い、「望」の字義を説明します。
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  • 「私」は、つま先立ちしてまで、何を見ようとしているのだろう。
という問いかけが、単元展開のポイントとなります。

 ただ無作為に指名していたのでは1時間にはおさまりません。
 机間巡視をしながら指名計画をたて、
 テキストのそれぞれの箇所からある程度満遍なく出させて、
  • 次の時間は、最初の部分の疑問を解決していこう
と締めくくります。

第2時 最初~母との会話にルントウが出てくるまで
学習問題
  • 「私」は故郷に帰ってきて、どんな思いを持ったのだろう。「望」の字を使って端的に説明しよう。
 この問題の答えは「失望」です。

 「失望」以外に、絶望、願望などが出てくると思います。「寂寥」や「やるせない」等の言葉をしっかりおさえると、これらは必ずしもあてはまらないことがわかると思います。
 「寂寥」や「やるせない」の意味がしっかりわかっていない生徒が多いと思いますから、しっかり説明させましょう。
 
 「なぜ引っ越しをしなければならなくなったのだろう」という疑問には、歴史的な知識が必要です。こちらから説明してあげます。 

 この流れの中で、特におさえておきたいのは、次の叙述です。
  • その美しさを思い浮かべ、その長所を言葉に表そうとすると、しかし、その影はかき消され、言葉は失われてしまう。
 これが出てくるように、生徒の発言をつかまえて、うまく問い返しをしてあげます。
  •  私の覚えている故郷は、まるでこんなふうではなかった。私の故郷は、もっとずっとよかった。
とあるように、現実の情景描写に描かれる故郷の風景や、「この家が持ち主を変えるほかなかった」現在の境遇に「失望」するのです。そして、
  • もともと故郷はこんなふうなのだ──進歩もないかわりに、私が感じるような寂寥もありはしない。そう感じるのは、自分の心境が変わっただけだ。
と納得しようとします。そして最後に
  • 「私」が思い描いていた「もっとずっとよかった」故郷とは、どんな故郷なのでしょう。
と締めくくり、次時につなげます。

第3時 ルントウの思い出
学習問題
  • 「私」にとってルントウとはどのような人物だったのだろう
 ルントウの属性は、次のようなものです。
  • 「同じ年頃なこと」
  • 「私たちは仲良くなった」こと
  • 「ルントウの心は神秘の宝庫」であること
  • ルントウとの思い出がよみがえることで「私はやっと美しい故郷を見た思いがした」こと。
 「私」は、ルントウの名前を聞いた瞬間、次の情景を思い浮かべます。
  • 紺碧の空に、金色の丸い月が懸かっている。その下は海辺の砂地で、見渡すかぎり緑のすいかが植わっている。その真ん中に、十一、二歳の少年が、銀の首輪をつるし、鉄の刺叉を手にして立っている。
 この情景描写は、「希望」部分にも登場する情景描写と重なる部分が多く、「私」が求めたもの=作品の主題を解く伏線ですから、図示する等してしっかりおさえておく必要があります。

 以上のことから、学習問題に対する答えは「ルントウ=小英雄は「美しい故郷」の象徴的な存在」ということになります。

 「『チャー』とはどんな動物だろう」等を初めとする様々な素朴な疑問が出てくるところです。
 この素朴な疑問は「私」の気持ちと同じものです。しかし、いちいちこれを考えたり説明したりすると、いくら時間があっても足りません。図鑑的な知識は、プリントのして配布してしまってもかまわないと思います。
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  • 「高い塀に囲まれた中庭から四角な空を眺めている」
 これは四合院と呼ばれる中国の建築様式です。魯迅はこの四合院が好きだったのでしょうか、北京に引っ越した先でも四合院に住んでいます。
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「希望」とは

 辞書的には「こうなればよい、なってほしいと願うこと。また、その事柄の内容。」「望みどおりになるだろうというよい見通し。」とあります。
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 文化祭でよく歌われる合唱曲でも「希望」というフレーズはとても明るい前向きな意味として使われることが多いようです。
 生徒も「希望」という語には、明るい前向きなイメージを抱いています。
 この作品の場合、本当にそのような前向きのイメージでとらえてよいのでしょうか。

 「」は、もとは「朢」と書いたそうです。
 「月」はそのまま月を、「壬」は人がつま先立ちをしている様子を表現しています。
 後に「臣」は「ボウ」の読み方を表す「亡」に置き換えられて現在の形になりました。

 ですから、望の原字は「臣(目の形)+人が伸びあがって立つさま」の会意文字です。
 それに月と音符の亡(ボウモウ)を加えたものが「望」という字になり、遠くの月を待ちのぞむさまを示しています。
 そこで「望」という字には、ない物を求め、見えない所を見ようとする意も含まれるようになりました。

 ルントウのことを回想するシーンと最後の故郷を離れるシーンに、次のような叙述があります。
  • 紺碧の空に、金色の丸い月が懸かっている。
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 主人公は、「望」の字の中にある、遠くに浮かんだ「金色の丸い月」を、伸び上がって待ち望んでいるのでしょうか。

 「」は、目を細かく織った布を表す会意文字です。
 目を細かく織った布は隙間がほとんどないことから「まれ」であることを意味します。
 「希み」は、めったにないことをこいねがうことから派生した意味です。

 ですから、「希」+「望」は、「ほとんどないことを求める気持ち」となります。

 この「希望」という言葉は、故郷から旅立つ場面に出ていきます。
  • 希望という考えが浮かんだので、私はどきっとした。
 この部分は、初発の感想で多くの生徒の印象に残っているフレーズです。
 原文でも「我想到希望」となっていますから、訳した際に使われた言葉ではありません。
 作者自身が積極的に「希望」という単語を使っていることがわかります。

 「希望」という言葉には、実現する可能性がほとんどない、激レアな理想の世界を、それでも待ち望まずにはいられないという気持ちが込められている、と考えられます。

 生徒が抱く明るい前向きな「希望」のイメージとは少し違いますね。

三つの「望」

 最後の「希望」に至る以前に、主人公は三つの「望」を味わいます。
 「失望」と「絶望」です。

 まず最初の場面で、「美しい故郷」を思い描いて帰省した主人公は、現実の故郷の姿に触れ「失望」します。
 そしてかつてのルントウの姿を回想する場面で、「金色の丸い月」の下に広がるスイカ畑に立つルントウ=小英雄の姿に「私はやっと美しい故郷を見た思いがした」と感じます。

 しかし現実のルントウの姿を見、「旦那様……」という言葉を聞いた瞬間、
  • 私は身震いしたらしかった。悲しむべき厚い壁が、二人の間を隔ててしまったのを感じた。私は口がきけなかった。
と「美しい故郷」の象徴だったルントウに「絶望」するのです。

 そして最後の場面で甥の言葉を聞き、冒頭のスイカ畑を連想します。
 しかしそこに小英雄の姿はなく「金色の丸い月が懸かっている」だけです。

 主人公が作品を通して思い描いていた「美しい故郷」とは「望」の字に含まれている月だったのかもしれません。

 理想の世界である「美しい故郷」「新しい生活」などというものが本当にあるのかないのか、それは誰にもわかりません。たとえて言えば「金色の丸い月」のようなものだと言えます。

 「金色の丸い月」は当然、「手に入りにくい」もので「偶像」のようなものです。

 ですから「地上の道」を、どんなに歩いて行っても月にたどり着くことはできません。

 しかし、月に向かって歩こうとしなければ、理想を見失い、理想を待ち焦がれることもなくなってしまいます
 だから「歩く人が多くなれば、それが道にな」り、更に「美しい故郷」や「新しい世界」に向かって歩いて行くことができるようになるのだ、と言いたかったのではないでしょうか。
故郷の背景_PAGE0006


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